FC2ブログ
TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2020年05月
ARCHIVE ≫ 2020年05月
       次ページ ≫

≪ 前月 |  2020年05月  | 翌月 ≫

思い出

入院16日目

緩和ケア病棟へ移動の申し込みをしました

パンフレットを見ている限りだと
安心してお任せできそうです
昨日は相談員の方からも電話連絡があり
いくつかの質疑応答をしました

これなら一日も早く移れるといいなと思ったんですけど
まだ10名以上の患者さんが待機しているそうです
なのでまだしばらくかかりそうかな
逆に、すぐすぐどうにかなるって事はないんだとホッともしてます

早く父と会わせてあげたいんだけどね・・


仕事の手が空いた時(最近暇なので)とか
ふっと一段落した時とか
急に母を想って泣きそうになります

だけど、残念なことに
あんまり母との楽しい思い出って思い出せないのよ
悲しかったとか寂しかったとかそんな事ばっか・・

少し、昔話書くね

あたしが小さい頃(多分2.3歳とか)から
母は働く母でした
職業は水商売
昭和の時代のキャバレーで働いていました
今でいうクラブですね
一番”蜜”と言われている接待を伴う飲食業
当時は父はタクシー運転手とか少しは働いてたけど
ギャンブラーだったのでいつも借金に追われて貧乏生活よ
記憶にはほぼ無いけどあたしと兄は近所の人に預けられてたりしたの
時代だよね。今じゃそんなのできないよね

そしてだいたい家賃が払えなくて追い出されるか
父が大家さんとトラブルかどちらかで引越
市内オンボロアパートをいくつか転々としたわ

友達もいなくて兄といつも二人
とにかく兄が弱虫でいつも泣いてたので
あたしは自然と手がかからない子になったみたい
そのままほとんど保育施設にも行かずに小学校へ上がります

小学校はあまり良い思い出がないの
給食費も払えなくていつも呼び出されるし
新学期に用意しなきゃならないものは大抵まともに用意できなかった
しかも必ず兄が優先であたしばっかり恥ずかしい思いをするのよ
兄はメンタルが弱いから
「ごめんね、我慢してね」と母が言うのだ
あたしは母が好きだからいい子を貫き
褒められたくて褒められたくてずーっといい子だったな
自分で言うのもなんだけど、けなげだなww

ある日、仲良しだと思ってた友達二人が急によそよそしくなったんだ

二人とも後から思うといいとこのお嬢さんでね
その子のお母さんが言ったんだって
「あの子のお母さんは男の人にお酒を飲ませてお金もらってるんだから、仲良くしちゃダメ」って。

すごく悲しかった
友達が居なくなることよりも
母を悪く言われた事が子供心にひどく傷ついたんだよね
母には言えなかったもん

母は朝も起きてくれなかったし
ご飯もまともに作ってくれなくて
夕方前には髪結いをしてお客さんと同伴で出勤よ。
いつもスーパーで買ったコロッケとか食べてた
コロッケが自分で作れるなんて知った時は驚いたわ(笑)

参観日なんて来た事なかったけど
いつだか親子遠足に来てくれた時、嬉しかったって事だけ覚えてる


そんな暗くておとなしい小学生活に

ちょっとした転機が訪れます・・・



つづく←




父には話しました

退院は難しい事。
治療ができない事。
でも、もう少ししたら会えるかも・・な事。
ご飯が食べれるようになったら外泊できるかも・・な事。

なんせ耳が遠いから
暗く悲しい話もひとみ婆さんに話してるみたいでまるでコントww
逆にしんみりしなくて良かったけどね

うっすら瞼のまわりを赤くしながら
どこまで理解できてるかわからんけど
うんうん頷いて聞いてたわ

暫くは時々のぞきつつ
週末は洗濯掃除・・その他もろもろって感じかな


自粛の次はそんな感じです


でもけっこう元気でーす

書いてから日にち経っちゃったけど
あげとくね


ではまた。